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病院の様子2

先日は病院の様子と書きながら、殆ど様子を書いていませんでした。

入院したのは聖路加国際病院でした。
10数年前までは風邪でも見てくれた病院でしたが、最近は風邪なら別の診療所に行くことを薦められます。見てくれないわけではありませんが、初診料はビックリするくらい高くつきます。
主に重病人を優先して診療をするということですが、お金持ちもウェルカムみたいです。
この病院の隣には聖路加看護大学があります。

こんな病人に私は搬送されました。
病室の様子は、以前知人が入院した時に来たことがあり、なんとなく知っていましたが、自分が入院すると風景が違っていました。
この建物は、三角形の建物が2棟あわせられたような構造で、東と西に分かれています。
私は西棟にいました。
建物の外周が病棟で、30部屋くらいありました。(数は数えていないので、もう少し少ないかも)
中心部分はナースステーションとDr.用のエリアがあるようでした。
私が居たフロアは全室個室になります。
当然差額ベッド。都内の一流ホテルの宿泊代と遜色がありません。
差額ベッド代は治療費などは全く関係ありませんので、ホテルに泊まったほうが絶対快適です。
次にこの個室ですが、シングルベッド1台が入ります。
ベッドの横には一人用の立派な椅子とオットマンが置いてあります。
反対側にはホテルにおいてあるのと同じくらいの大きさの冷蔵庫、DVDプレーヤー、小物置き場があります。
TVは天井吊り下げ式の液晶TV。24インチ程度の大きさだと思います。
ベッドに寝たままでも、ベッドを起こしても見やすくなっています。
また、部屋の中央横当たりにはバスルームがあり、点滴をしたままでも看護婦さんを呼べば、点滴の針のところにラップを巻いてくれてシャワーを浴びることが出来ます。
シャワールームのタオルは毎日取り替えてくれました。
部屋の入り口には、ちょっとしたクローゼットがあります。
その横には聖書(日本語と英語)がちゃんと置いてありました。
さて、お楽しみの看護婦さんの方ですが、
昼と夜の2交代だそうです。
多分、隣の聖路加看護大学から実習がてら来ている方が多いのでしょう。
ほとんどの人がピカピカの若い看護婦さんで毎日入れ替わりました。
入院初日は、私の血管が萎縮していて針がとっても入りにくく、何度か失敗をしてしまいました。痛いけれどそこは我慢。
結局Dr.を呼んできてくれました。
あの女医さんです。
さすが針の差しかたが上手。
看護婦さんの中には、美人さんがいます。
清楚な感じの美人看護婦さんがナースセンターにいて、いいなーと思っていたら私の部屋にも来てくれました。少し脈が高くなったかもしれません。
食事は看護婦さんじゃない担当の女性の方が運んでくれます。
入院中は3回食事が出ましたが、全て100%重湯と具なし味噌汁。
ありがたくお米の汁の味を官能しました。
おかげで退院後もお粥からの食事になってしまいました。
とこんな様子でした。
2週間の入院予定でしたが、あまりにも退屈なので1週間の入院で切り上げさせてもらうことにしました。
女医さんと看護婦さん達にあえなくなるのが少しさびしかったりもしました。
今日はここまで。

入院中の様子

救急車で運ばれた当日のことで、書き忘れたのがありました。
私の担当医が挨拶に来てくれました。
3名体制だそうですが、一人一人別々に来ました。
最後に来たのが、女医さん。
なかなかの美人。
このひとが自分のメイン担当のようです。
多少気が安らぎました。

救急車で運ばれた翌日、
午前中に再度、内視鏡の検査をしました。
点滴の管など体についていたため、車椅子で移動します。
そういえば、昨日はベッドに寝たまま病院内の何箇所かを移動していましたね。
ベッドの乗り心地は、あまり振動も無く良好でした。

車椅子で内視鏡検査室に向かいますが、介助してくれたのはどこか別の病院のDr.らしかった。
内視鏡検査室に到着したら、聖路加のDr.が介助してくれたDr.と病院の連携についてお話をしていました。
数分したら検査室に呼ばれます。
診察台に横になったら、私の担当の女医さんが、チョンチョンと肩を突付いてニコッと挨拶してくれました。
ここでも心が安らぎます。

さて内視鏡を入れる準備にかかります。
スプレーのような液体を口に吹きかけます。
数分たった後、ゼリー状の麻酔薬を口の中で転がします。
これが不味かった。
しばらくして、口の中のものを全部飲んでくださいと言われて飲みましたが、更に不味い。
次に看護婦さんがマウスピース口にくわえさせてくれます。

内視鏡担当のDr.が「それでは始めます」と言った後、麻酔医が「xx入れます」と言いながら輸血用の管の方から麻酔を入れます。

内視鏡のピカピカが口に入ったところで、昨日と同様意識が消えます。

検査途中の胃袋の様子がモニタで見えるようにはなっていますが、全く覚えていません。

さて、「ハイ終わりです」とDr.の声と同時に目が覚めました。

2日連続で同じ、流石です。

この後はまた病室に帰ります。

昨日から水も飲んでいないので、口がガビガビです。

水は飲んではいけないので、うがいだけします。

歯磨きは許してもらったので、口は結構サッパリしました。

そうこうしているうちに夕方になり、この日数度目の採血。

体のあちこちに病気の兆候がありそうだとのことで、いっぱい採血されました。

でも、手の甲からの採血は痛いね。

次の日記は聖路加の看護婦さんにしようかな。

吐血

人生で初めて吐血を経験しました。
おかげで、これも人生2度目の救急車のお世話になりました。

こんな訳で、体験談を少し書いておこうかと思いました。

吐血した前日からお腹が少し痛く、当日朝の通勤時にも痛みがありました。
会社についてしばらくすると、体の熱気(8月末の猛暑)も抜け、お腹の痛みも無くなり一安心していました。
午前中は通常通りお仕事をし、いくつか気になる(とっても重い)仕事のチェックをしたりしていました。
あっという間に昼食時間になり、食堂へ。
この日は、カツカレーがメニューにあったのでこれを頂きました。

昼食から戻り、コーヒーを一口。
なんかお腹に違和感があります。
吐き気があったわけではありませんが、トイレに向かいます。
トイレで咳をしたら、手に赤いものが飛び散りました。

ウワー、結核かしら?
ヤベーと思っていたら吐き気がします。

トイレに向かって 出します。
大量な血を吐きました。これが一度目の吐血。
まだお腹に違和感があるのでトイレにいたら
2度目の吐血。

すぐに医者へ行かなきゃと思っているところへ
第三波の吐血。

目の前が急に真っ暗になります。
この暗くなるなり方は、円形に外側からなっていきます。
カメラに詳しい方ならわかると思いますが、レンズシャッターのような感じです。

トイレに居ては危ないと思い、急いで外に出ます。
普通に歩けていない(前につんのめるように)のが判ります。
歩く先に柱(オブジェのような)があるので、そこに手をつこうとした時に意識が無くなりました。
バタンと倒れた模様。
1-2分意識が無かったようです。
会社のxxさん(女性)が「だいじょうぶですか」と何度か呼びかけてくれました。
意識はそこで戻りましたが、フロアが騒然としている模様です。
誰かが救急車を呼べと言っています。
自分はうつ伏せに倒れていたので、大の字に仰向けに寝返りをうちます。
床の石が冷たく気持ちいい。
誰かが、頭の下にタオルを敷いてくれた。
救急車が来る前に家族に連絡しなきゃと思い、携帯で連絡をとりました。
「血吐いて、倒れた。これから病院に運ばれる。どこに行くか判らないから、決まったらまた連絡する」と。

そうこうしているうちに救急車が到着。
救急隊員が3名ほど頭のそばにきました。
救急隊 「自分の名前わかりますか」
自分 「poseidonです」(本名をちゃんといってますよ)
救急隊 「生年月日、住所を教えてください」
自分 「xx年xx月xx日生まれ、xx県xx市xxx」
・・・・・
いろいろ聞かれます。

次に担架に乗せる前に、首の固定をしました。
強引にやるもんだから、固定具の合わせ目に首の肉が挟まったまま固定されました。
自分 「首が痛いんだけれど、一度首の固定具外して」といいますと
救急隊 「首の骨が折れている可能性があるのでダメです」と言われます。
肉が痛い。

こちらの要望が無視されたまま担架に乗せられ、救急車に乗ります。
救急隊 「どちらか希望の病院はありますか?」と聞かれます。
希望を聞いてくれるんだと思いました。
自分 「ベッド代が安いところが良い」ととりあえず希望をだします。
救急隊 「聖路加病院はダメですか?」
私「ダメって言ってもね」
救急隊「聖路加病院に直行します。数分で到着しますよ」

病院に到着後、救急治療室へ向かいます。この辺はあまり覚えていません。
この後のことを考えると、聖路加病院へ運ばれたのは正解だったように思います。

救急治療室に到着すると、看護婦さん3人とDr.が一人が待ち受けていました。

担架から病院のベッドへ移される時、看護婦さん二人がベッドに乗って移動させてくれました。細身の女性なのに大変な仕事です。

私を最初に見てくれたDr.は新米君で、看護婦さんに色々怒られながらも、鼻に管を通して胃の中の血を外に出してくれました。

それからしばらくして、

消化器系Dr.が来て「食道か胃の血管が切れてますね、緊急手術の可能性が高いので覚悟しておいてください」

自分「お腹開くのですか?」

Dr.「多分内視鏡でやる手術で済むと思う」

一安心です。

この後はCT、レントゲンなどを行いました。

首に骨折が無く、その他臓器類の損傷などを確認し内視鏡Goの判断が出たようです。

3通くらい検査、手術、もう一つなにかの誓約書みたいなのに署名をしました。

お医者さんも事務的なことが大変なのね。

これから程なく、内視鏡の部屋へ移動。

口にマウスピースを当てます。

麻酔担当?「薬を注入します」

Dr.「内視鏡を入れますねー」

赤い点滅が口の中へ入ったと同時に、落ちました。

Dr.「ハイ終わりです」

の声でマウスピースから内視鏡の先が出てきて、意識を戻しました。

全然苦しくありませんでした。

この時点ですごく感動。

もう一度救急治療室に戻ります。

ここで、付き添い出来てくれた会社の人と初めて会います。

会社「だいじょうぶですか?}

自分「だいじょうぶって言うのかな?まあ意識はちゃんとしてそうなので、何とかなりそうです」

・・・・

この後病室へ移動します。

すごく良い部屋らしいけれど、実感なし。

と思っていたら、4回目の吐血。

700ccほど出たそうです。

昼に出たのも、このくらいの量を3回出していたので、本日の出血は2Lくらいなのかしら?

貧血で倒れるのも当たり前ですかね。

病室についてからは両腕に点滴の管、1本は輸血準備だそうです。

あとは会社の人と何か話をしたのは覚えていますが、中身はわかりません。

この日は、そこで寝てしまいました。

初日のレポートはここまで。

あとで、読み返しておかしかったら編集します。

退院できました

8月30日に入院してから5日目の今日、9月3日無事退院できました。
連絡頂いた皆様、ご心配をおかけしました。
また、お気遣いのお言葉ありがとうございました。

入院してしまった

8月30日
吐血しちゃいました。
胃の動脈が切れました。
1リットルほど出血したところで意識がなくなりました。目の前が真っ暗になるんですね。
救急車で運ばれました。憧れの聖路加病院に入院となりました。
聖路加病院に着いた時には意識がはっきりしていましたので段取りをみていましたが、一流と呼ばれるのがわかったきがしました。
処置が終わったあと病室に運ばれましたが、まるでホテルのようです。
でも、早く退院しなくっちゃ。

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